昭和時代「第二次世界大戦・太平洋戦争」まとめと問題

昭和時代「第二次世界大戦・太平洋戦争」まとめと問題

今回は昭和時代の、第二次世界大戦を中心にまとめました。日中戦争から東南アジア進出と大東亜共栄圏の構想、第二次世界大戦の経緯、太平洋戦争の経緯について確認していきます。

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昭和時代(1936~1945年)の年表

  • 1937年 盧溝橋事件日中戦争が起きる(~1945年)
  • 1938年 国家総動員法が制定される
  • 1939年 国民徴用令/独ソ不可侵条約/ドイツ軍のポーランド侵攻 → 第二次世界大戦が始まる(~1945年)
  • 1940年 米の配給制、生活必需品の切符制が始まる/創氏改名/日独伊三国同盟/大政翼賛会を結成
  • 1941年 日ソ中立条約/東条英機が首相に/真珠湾攻撃 太平洋戦争の始まり
  • 1942年 ミッドウェー海戦(アメリカに敗北)
  • 1945年2月4~11日 ヤルタ会談
  • 3月10日 東京大空襲
  • 8月6日 広島原子爆弾が落とされる
  • 8月9日 長崎原子爆弾が落とされる
  • 8月14日 ポツダム宣言を受諾(無条件降伏)
  • 8月15日 玉音放送
  • 8月17日 東久邇宮稔彦王が首相に
  • 8月30日 GHQ最高司令官マッカーサーが来日
  • 8~9月 ソ連が択捉島など北方領土占領

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第二次世界大戦

第二次世界大戦前から日本は中国との戦争が始まっていました。

ドイツのポーランド侵攻をきっかけに第二次世界大戦が勃発、日本はドイツ、イタリアと日独伊三国同盟を結びます。

また日本はハワイの真珠湾にあるアメリカ基地や艦隊を攻撃、太平洋戦争が始まります。

第二次世界大戦前~日中戦争

日中戦争が始まり、国家総動員法が制定され、議会の承認なしに政府が人員・物資を戦争に動員できるようになりました。

米が配給制、生活必需品が切符制に → 「欲しがりません勝つまでは」「ぜいたくは敵だ」「ガソリンの一滴は血の一滴」 などのスローガンが掲げられ、国民に節約が呼びかけられました。

近衛文麿内閣のときにほとんどの政党、団体が解散し、大政翼賛会(たいせいよくさんかい)に合流、国家全体で動く体制がしかれました。

朝鮮では皇民化が進められ、日本語の強制、創氏改名(日本式の名前に)、志願兵実施などが行われました。

東南アジアへの進出

日本はアメリカ、イギリスの援蒋ルート(中国への支援ルート)を断ち切り、資源を手に入れるため、東南アジアへ進出(南進)します。

大東亜共栄圏 … 日本は東南アジア諸国が欧米の植民地支配から解放、日本主導でアジアの諸民族だけで繁栄しようという大東亜共栄圏の建設を唱えました。

日本に対抗し、アメリカはイギリスオランダとともに石油の輸出を禁止して経済封鎖を行いました。アメリカ、イギリス、中国、オランダの頭文字をとり、ABCD包囲陣と呼ばれました。

第二次世界大戦の始まり

  • 1933年、ドイツでナチス党ヒトラーが首相に、独裁政治を始める
  • 1938年 ドイツは対立していたソ連と独ソ不可侵条約 → 1939年 ドイツがポーランド侵攻 → イギリス・フランスがドイツに宣戦布告(第二次世界大戦の始まり)
  • 1940年 ドイツがパリ占領、フランスを降伏させ、イギリスの空襲を始める。→ イタリアがドイツ側に参戦、日本はドイツ、イタリアと日独伊三国同盟を締結

1941年にドイツは独ソ不可侵条約を破り、ソ連に侵攻、アメリカは当初参戦していませんでしたが、同年8月にアメリカのルーズベルト大統領とイギリスのチャーチル首相が首脳会談を行い、大西洋憲章を発表、ファシズムとの戦争であることを明らかにしました。

太平洋戦争

日本は1941年12月8日にハワイの真珠湾にあるアメリカの太平洋艦隊と基地を攻撃(真珠湾攻撃)、イギリス領のマレー半島に上陸し、太平洋戦争が始まりました。(このときの日本の首相が東条英機でした。)

連合国 枢軸国
アメリカ
イギリス
フランス
中国
ソ連
ドイツ
イタリア
日本

1942年1月には枢軸国打倒を掲げる、連合国共同宣言が発表されます。(発議国:アメリカ、イギリス、ソ連、中国)

  • 1942 ミッドウェー海戦で敗北
  • 1943年 ガダルカナル島で敗北
  • 1944年 サイパン島陥落/本土空襲始まる
  • 1945年3月 東京大空襲集団疎開

文系の大学生も学徒出陣で兵士として戦場に、労働力不足で女性や中学生が軍需工場や農村で働かされました(勤労動員)。朝鮮人、中国人も強制連行で日本に多く連れてこられ、炭鉱などで働かされました。

太平洋戦争は第二次世界大戦の一部です。

日本の降伏

1945年2月、アメリカのルーズベルト大統領、イギリスのチャーチル首相、ソ連のスターリンがヤルタ会談を開き、日ソ中立条約を破りソ連が対日参戦することが決められました。(ヤルタはソ連の都市です。)

イタリアは1943年に降伏、ドイツも戦況が悪くなり、1945年4月にヒトラーは自らの命を絶ちます。

同年7月にアメリカ、イギリス、中華民国によりポツダム宣言が出され、日本の無条件降伏を勧告しました。(日本は当初無視)

しかし8月6日に広島9日に長崎に原子爆弾が落とされ、日本はポツダム宣言の受諾を決定、15日には天皇による玉音放送で、日本の敗北が全国民に知らされました。

太平洋戦争は8月15日、第二次世界大戦は9月2日に終結します。

【問題編】昭和時代「第二次世界大戦・太平洋戦争」

昭和時代 第二次世界大戦、太平洋戦争のまとめと問題

問1 1940年に国内でほとんどの政党や団体が解散して合流し、挙国一致のために作られた組織を何といいますか。

▼答え

問2 戦時中は朝鮮で日本語の強制、創氏改名、志願兵実施などが行われました。このような同化政策を何といいますか。

▼答え

問3 ドイツがソ連と1939年に結んだ条約は何ですか。

▼答え

問4 ドイツがどこに侵攻したのをきっかけに、第二次世界大戦が始まりましたか。

▼答え

問5 問4の侵攻をきっかけに、ドイツに宣戦布告した国を2つ答えなさい。

▼答え

問6 1940年、日本がドイツ、イタリアと結んだ同盟を何といいますか。

▼答え

問7 日本の東南アジア進出の理由として、欧米から支配されることなく、日本の主導でアジアの諸民族だけで繁栄しようという考えが提唱されました。これを何といいますか。

▼答え

問8 アメリカ、イギリス、中国、オランダが日本に対して行った経済制裁を何といいますか。

▼答え

問9 第二次世界大戦における連合国とはどの国ですか。3つ答えなさい。

▼答え

問10 第二次世界大戦における枢軸国とはどの国ですか。3つ答えなさい。

▼答え

問11 1941年に、日本がソ連と結んだ条約を何といいますか。

▼答え

問12 1941年、日本がハワイのどこを攻撃し、太平洋戦争が始まりましたか。

▼答え

問13 1942年、日本が大きな敗北をした海戦は何といいますか。

▼答え

問14 太平洋戦争が始まったときの日本の首相は誰でしたか。

▼答え

問15 1943年以降、理系以外の学生も兵士として戦場に動員されました。このことを何といいますか。

▼答え

問16 1945年3月10日に、米軍の空襲で大きな被害が出たのはどこですか。

▼答え

問17 空襲が激しくなると小学生は空襲を避けるため、家族と離れて農村などに移動、集団生活をさせられました。このことを何といいますか。

▼答え

問18 1945年2月、アメリカ、イギリス、ソ連の首脳が会談を開き、日ソ中立条約を破りソ連が対日参戦することが決められました。この会談を何といいますか。

▼答え

問19 1945年8月6日に原子爆弾が日本のどこに落とされましたか。

▼答え

問20 1945年8月14日、日本は無条件降伏を勧告する宣言の受諾を発表しましたが、この宣言を何といいますか。

▼答え

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