中学歴史 奈良時代~律令国家と仏教文化~まとめと問題

中学歴史 奈良時代~律令国家と仏教文化~まとめと問題

奈良時代に入ると唐にならい、律令にもとづいた政治を行うようになりました。今回は奈良時代の政治のしくみや租庸調などの税や労役・兵役、奈良時代の仏教中心の文化についてまとめています。

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奈良時代年表

701年 大宝律令

712年 古事記ができる

710年 平城京に都を移す

720年 日本書紀ができる

723年 三世一身の法ができる

743年 墾田永年私財法

752年 東大寺の大仏ができる

754年 鑑真が来日

759年 万葉集ができる

784年 長岡京に都を移す

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奈良時代と律令国家

大宝律令

701年ににならって大宝律令が制定されました。大宝律令は日本で初めての律令制度で、律令にもとづき政治を行う国家は律令国家と呼ばれます。

律…刑罰についてのきまり

令…政治についてのきまり

天皇の下に太政(だじょう)官・神祇(じんぎ)官がおかれ、太政官の下に八省が置かれました(二官八省)。八省とは中務省・式部省・治部省・民部省・兵部省・刑部省・大蔵省・宮内省のことです。

地方は国・郡に分けられ、国司郡司がそれぞれおかれました。国司は中央の貴族が、国司の下におかれた郡司は地方の豪族が任命されました。九州には太宰府(だざいふ)がおかれました。

富本銭と和同開珎

日本で初めての銅銭である富本銭が683年頃に、708年には和同開珎が発行されました。

平城京

710年、平城京(奈良県)に都を移しました。平城京は唐の都長安にならって造られました。

年号覚え方…なんと(710年)きれいな平城京

班田収授法と墾田永年私財法

班田収授法が制定され、6歳以上のすべての男女に口分田が与えられました(死んだら国に返却)。

口分田が与えられる一方で、租庸調などの重い税が課せられました。

…収穫した稲の3%

…布(労役の代わり)

調…地方の特産物など

雑徭(ぞうよう)…年間60日以内の労働を国司のもとで

防人(さきもり)…九州北部の防衛

※稲を高い利子で貸し付ける出挙(すいこ)も負担になりました。

重い税に耐えられず、口分田を捨てて逃亡する人が増えた。また人口増加で口分田が不足したこともあり、この制度はうまくいきませんでした。

723年には三世一身の法が出されました。三世一身の法では新しく土地を新しく土地を開墾したら、三世代まで私有地にして良いという制度でした。

さらに743年に墾田永年私財法が制定され、新しく開墾した土地は子孫までずっと自分たちの土地にして良いとされました。墾田永年私財法が出されたことで大化の改新以後確立した公地公民というシステムが崩れ、有力貴族・寺社の私有地=荘園が広まっていきました。

奈良時代と仏教文化(天平文化)

東大寺

聖武天皇は仏教の力で国家を守ろうとしました。このような思想は鎮護国家の思想と呼ばれます。

聖武天皇は714年に国分寺建立の詔(みことのり)を出し、国ごとに国分寺・国分尼寺を造らせました。当時の農民たちがききんや伝染病で苦しんでいたことも背景にありました。

平城京には東大寺を建てられました。752年に東大寺の大仏が完成します。また東大寺の正倉院は聖武天皇の遺品などが収められた宝物庫で、校倉造(あぜくらづくり)という建築様式です。

この時代には行基鑑真といった僧が仏教を広めました。

行基…一般の人に布教、慈善事業を行い、東大寺の大仏を造った

鑑真…唐から来日、唐招提寺を開いた

天平文化

奈良時代の文化を天平文化と呼び、仏教中心で、国外の影響を受けているのが特徴です。

【建築・美術など】

・東大寺の正倉院(校倉造)

・東大寺法華堂

・唐招提寺

・東大寺の日光菩薩・月光菩薩像

・興福寺の阿修羅像

・正倉院の鳥毛立女屏風

・薬師寺の吉祥天女像

正倉院では三角の断面の木材を井げたに積み重ねた校倉造という建築様式がとられました。校倉造りの特徴にすぐれた調湿作用が挙げられます。

【書物】

古事記…歴史書。稗田阿礼(ひえだのあれ)が暗唱したものを太安万侶(おおのやすまろ)がまとめた。

日本書紀…歴史書。舎人親王(とねりしんのう)らが編さん。

万葉集…日本最古の和歌集、三大和歌集の一つ。大伴家持がまとめたとされる。

貧窮問答歌山上憶良の和歌。万葉集に収められている。

風土記…国ごとの伝説、自然、産物などをまとめたもの。

【問題編】奈良時代と律令国家・文化

問1 701年、唐の律令にならって制定された律令を何というか。

答えを確認

問2 平城京に都が移されたのは何年のことか。

答えを確認

問3 奈良時代は天皇の下に太政官、神祇官、さらに太政官の下に中務省、式部省などの省がおかれた。このような中央官庁の仕組みをなんというか。

答えを確認

問4 奈良時代、地方を治める役職として、国ごとにおかれたのは何か。

答えを確認

問5 708年に発行された貨幣は何か。

答えを確認

問6 戸籍にもとづき6歳以上の男女に口分田を与え、死んだら国に返還するという法は何か。

答えを確認

問7 収穫した稲の3%を治める税を何というか。

答えを確認

問8 九州北部の防衛を行う兵士(兵役)を何というか。

答えを確認

問9 口分田が不足してきたため、開墾した土地は子孫まで私有地にして良いとする、743年に制定された法律は何か。

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問10 問9の法が制定されて、有力貴族や寺社の私有地が全国に広まった。このような私有地を何というか。

答えを確認

問11 奈良時代の、仏教色の強い文化を何というか。

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問12 聖武天皇は仏教で国を守ろうと考え、国ごとに何を建てるよう命じたか。

答えを確認

問13 問12で、聖武天皇は都に何を建てたか。

答えを確認

問14 唐招提寺を建てた唐の僧はだれか。

答えを確認

問15 慈善事業を行い民衆に仏教を広め、東大寺の大仏建立にも関わった僧はだれか。

答えを確認

問16 聖武天皇などの遺品が収められている、東大寺にある宝物殿を何というか。

答えを確認

問17 問16の建築様式を何というか。

答えを確認

問18 奈良時代につくられた、最古の和歌集を何というか。

答えを確認

問19 奈良時代につくられ、舎人親王らが編さんしたとされる歴史書は何か。

答えを確認

問20 万葉集に収められており、当時の人の貧しい生活が問答形式で歌われた、山上憶良の和歌を何というか。

答えを確認

まとめ

奈良時代の律令制度、租庸調などの税や兵役、天平文化について確認してきました。

奈良時代には班田収授の法で与えられた口分田と税による負担が三世一身の法、墾田永年私財法につながり、公地公民の崩壊を招くことになりました。

また仏教の力で国を守ろうとする思想より聖武天皇は国ごとに国分寺を建てたり大仏をつくり、行基や鑑真らの僧が仏教を広めようとしました。

古事記・日本書紀などの歴史書や、和歌集がまとめられるようにもなりました。

奈良時代の政治の仕組みや税の制度、仏教に関すること、建築物や書物の名前を、重要人物とともにしっかり押さえておきましょう。